当寺院は宝幢山(ほうどうざん)薬師寺(やくしいん)医王寺(いおうじ)という
ご本山は高野山。ご本尊は薬師如来。脇仏に不動明王と毘沙門天をいただく。
開創は平安時代(840年頃)弘法大師の御弟子高岳親王(たかおかしんのう)の弟子
宥徳(ゆうとく)上人を開基とする。
中世には伊予守護大名家河野氏の祈願寺となり、玉川町にあった幸門城(さいかどじょう)
最後の城主正岡経政(まさおかつねまさ)公の五輪墓石を現在寺領山中に祀る。
この経政公の叔父(重臣)であり、江戸時代には今治藩屈指の豪商となった
別宮光貞(べっくみつさだ)家から、17世紀末に寄進された土地によって
現在の寺域のほとんどが形成されている。
平成20年、嘉永年間以来およそ150年振りに本堂を建て替え。
これに合わせて、「お大師さまのご加護『苔のむすまで』とこしえに」と、
本堂前境内と庫裡上の修行大師石像お足元に苔の庭を造成。